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2011.05.16 ◇message1◇ 山口茜(トリコ・A)

今回の公演に向けて、京都舞台芸術協会・理事会メンバーのコメントを掲載していきます。

第一弾は、山口茜(トリコ・A)です。
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演劇が優れているのは、それが人間関係のクローズアップであり、
またそこに、時間が存在するところだとおもいます。

流れて行った雲は二度と同じ形で戻ってこないのと同じように、

おなじセリフを繰り返しているだけだとしても、昨日の声と今日の声はまず全然違うし、
客席の顔触れも演出家の機嫌も相手役のテンションも、昨日と今日では全然ちがう。

そういうことを意識して作品を作っている演劇人の作品は観がいがある。

柳沼君の芝居がおもしろいのは、
言葉や数字では明確に表せない「場の雰囲気」というものの微細な変化について、
自分だけではなく俳優にも、そして俳優とともに制作にまで、
最終的にはもちろん、お客さんひとりひとりに、感じさせる演劇人だからなのかなあと思います。

それが常に有機的であり、壊れやすく移ろいやすいものであること、
でも、何かの拍子に奇跡的にラポールみたいなものを生み出す根源でもあること、
そういうことを、何度も何度も立ち止まって確認する作業、それを創作と呼んでいるんだと感じます。

そのぶん、覚悟を迫られるし、
演劇に対して本気じゃない人は尻尾を巻いて逃げてゆくのでしょう。
(いや、演劇で本気にならなくても他で本気になるところはいくらでもあるので、批判ではないんです、すいません)

でも今この現代に、「食べれる資格」とか「効率の良し悪し」とか「無駄のない」とかそういう言葉から最も遠い

「演劇活動」

という芸術を、

この世界の片隅の日本の片隅の、サルコジ的にはうらぶれた陰気な田舎で、必死になって作り上げてる、しかも、
創作者がこぞって裏方に回って、夜中にミーティング重ねて東奔西走している、

それをちょっとひいたとこから俯瞰するだけで、私はかるく、めまいを覚えます。

「異邦人」は、見逃してはならない作品ですよ、ということを書きたかったわけですが、
なんだか身内の賞賛みたいになってしまいました。

でも本来創作者として時にライバルでもあり得る山岡さんや柳沼君の作品を、
同じくライバルである理事のみなさんと一緒になって創っていくこの経験は、
やっぱり改めて「自分がなぜ演劇をしているのか」という文頭に述べたようなことをつらつら考えるよい機会になったし、

なによりちょびっと大人になることができたように思います。
私はずいぶん子供じみていたので。

とうとう本番まで一カ月を切ったわけですが、よい作品になるよう、観客になるつもりの皆様、
外からもぜひ稽古場に、よい圧をかけてください。よろしくお願いします。

山口茜(トリコ・A)
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