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2011.05.31 ◇interview vol.2◇ 市川愛里(ニットキャップシアター)

出演者へのインタビューリレー。
第一弾はは市川愛里さん(ニットキャップシアター)
―今回、出演者のみなさんに共通して聞きたいことが、演劇に興味を持ったきっかけなのですが。そして、今もお仕事をされながら演劇を続けていらっしゃる、その辺りのこともお伺いして、「京都で演劇を続ける」ことや、別の角度から演劇の良さが再認識できればと考えています。
 まずは、市川さんの演劇を始めたきっかけを教えてくださいますか?


きっかけは小学校の学習発表会や幼稚園のお遊戯会で「声が大きいね」とか、ほめられたというのが多分はじまりです。単純に褒められたことが嬉しくて、その流れで中学校の演劇部に入りました。自分が作・演出して文化祭で発表したり、「ロミオとジュリエット」を1時間に短縮して上演したり。で、そこでまた学校の先生や校長先生に良い評価をいただいて、高校でも演劇をやりたいなと思いました。
それで、中学校3年の進路を決める時に、どうやったら演劇を続けていけるか考えたんです。私は、演劇部が有名な私立高校に行きたかったんですけど、4人兄弟で「私立には出せない、公立に」って親に言われまして。
それでいとこに歯科衛生士がいるんですけど、その人を見て手に職をつければどこでも行けるし、勤め先も困らないから衛生士の免許を取って演劇を続けていこうって決めました。
結局高校は近場にして、専門学校に行って衛生士になって、3年くらい経ったときに俳優やりたいってまた思って大阪のタレント事務所に入りました。だけど、単発でタレントをするんじゃなくてちゃんと舞台に関わりたいと思うようになって。
私、実家が鹿児島なんですけど、そこでは劇場に足を運ぶっていう習慣がないんです。もちろん小劇場っていうのもないので関西に来て小劇場に入った時にすっごくびっくりしました。お客さんとの距離が近かったり、迫力があって。特に2006年の精華小劇場で上演していた77年企画、ごまのはえも出演していたんですけどあのときはすごく印象深かったです。

―ニットキャップシアター(以下、ニット)との出会いですね。

その77年企画のごまさんを見て「なんだろうこの人?」ってすごく惹かれて。それで、インターネットで調べて入団の相談をしました。でも今の仕事や生活をやめないといけないので保留にしてたんです。
その間にファントマという大阪の劇団のワークショップを受けて、そのままの流れで舞台にも立ったことがありました。その時に板橋薔薇之介が客演していたんですけど、薔薇さんがね「市川は・・・・ファントマ・・・じゃないよ」って(笑)「ニットキャップシアターっていう劇団があるんだけどどうかな」って言ってくれたんです。それで「これはなにかのご縁だな」と思って、また電話をして入団を前向きに考えますって。
しかもファントマに出ることでバイト先のシフトの組み方など、みんながサポートしてくれる体制ができて、段階を踏むことが出来たんです。それですんなり入団できたというか。それがなかったら踏みとどまっていたかもしれません。みんなに迷惑かけるから。

―では、自分の進路を考え始めた中学生の頃から、演劇を続ける信念みたいなものは変わらないですか?

そうですね、頑固っていえば頑固なんですけど。
「衛生士になる動機はなんだ?」って言われたとき、最初は月並みに「医療の現場に携わりたい」って言っていたけれど、専門学校を卒業するころには担任の先生にも「本当はやりたいことは別にあるんです」っていう話をしていました。今でも専門学校のときの担任の先生とは手紙のやりとりはあります。

―この公演のこともお聞きしたいのですが、なぜ今回のオーディションを受けられたのですか?

ニットってわりと年間スケジュールがカツカツなんですよ。1個の作品でツアーを回すので、こんなにスケジュールが空くことはなくて「この期間、なんにもないな」って。ニットの中だけだと俳優としての表現方法や身体能力の可能性が偏ってしまうんじゃないか、という心配があったので客演しようと思いました。
ごまが京都舞台芸術協会の理事長ということもあって、この公演の話は前から聞いていて「オーディションがあるけど受けてみないか」って言われたこともありました。
烏丸ストロークロックの作品は何回かみたことがあるし、脚本は他の方って聞いていたので、どうなるのかなって思ったけれど、ま、受けてみようかなって。
実際、柳沼さんとごまさんの演出の仕方は全然ちがうし、今はすごくそれが楽しいです。
でも、いつオッケイがでるのか・・・柳沼さんの顔色を窺いながら「これか?これか?」ってやっています(笑)

―役者間の「対話」を柳沼さんはすごく大事にされているなと稽古を見てると感じます。始めの稽古では読み合わせでも行間を空けずに言っていましたよね。

台詞を体に入れるいい訓練だったなと思います。やっぱり最初は自分の想像してきた間で喋ってしまうんですよ。でも、それをまずしちゃいけないという提示があったのが新鮮でした。

―最後に、今後どう演劇と関わって行きたいですか?

私、8割は結婚と出産をあきらめているんです。二足も三足もわらじは履けないなとすごく思っているから。母が子育てに対してすごく熱心で「子どもが働くまでは親の責任」という捉え方をした人だったんです。そして、たとえばちょっとピアノに興味をもったら「じゃあピアノ教室行ってみようか」って、子どもがやりたいと思ったことに対して必ず背中を押してくれる人だったんですよ。そんな母親を見てると、私ももし結婚して子供がうまれたら俳優を止めるだろうなとは思います。
女の人にとっては、仕事をしながら演劇を続けるということに、結婚と子どもをさらに抱えると無理かなって。結婚・子ども・出産を完全に否定するわけではないですが、自分が俳優を続けて行くなら「待った」をかけないといけないんじゃないかな。

―ありがとうございました。


2011年5月9日@京都 三条烏丸
聞き手:川那辺香乃(トリコ・A)
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