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2011.06.16 ◇interview vol.6◇ 押谷裕子(上品芸術演劇団)

愛知でも、演劇ユニット昼ノ月でご存知の方はいるのではないでしょうか?
今日は押谷裕子さんのインタビュー。
看護師として働く傍ら、演劇を続けている彼女の本音に迫ります。
―今日はよろしくお願いします。稽古はいかがですか?

苦しくて仕方ないですね。自分をコントロールできないことが苦しくて仕方ないですね。言われていることが分かるのに何でできないんだろうって。

―なにかいつもと稽古が違ったりしますか?

先に柳沼さんは会話を求めるじゃないですか。会話ができるようになってから演出が入るでしょ?まずは自分でなんでもいいから作って会話をしてみて、それから始まるじゃないですか。それをしたことがなかったんじゃないかって今さらながら気付いたんですよ。可能性としてはいくつか考えられるからそれでやってみるんだけど、一貫していなくて。部分ごとのパターンは出せても全体としては通せなかったり、台詞のかたまりを見て狙いばかり気になってしまったり。背景がすっとんでいるときが多々あるしっていうのはわかるなぁっと思う。
でも、最近やっと余裕が出てきて登場人物の関係が考えられたり、台詞を見ていると「こういう感じかも」って感じることもあるから、今から大丈夫になったらいいなって思うんですけど。


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―今日は押谷さんは看護師の免許を持ってらっしゃいますが、看護学校に通われている時期などなにか演劇と関わりを持ってらっしゃったんですか?

いや、演劇に興味を持ったのは働いて5・6年経った時です。たまたま職場の先輩に連れて行かれて「こんなのあるけどいかへん?」っていわれて、私は先輩と遊ぶ感覚で行ったんです。何回か観に行ってるうちに「私もやってみたい」と思うようになったんです。
それで28才のときにアイホールの演劇ファクトリーっていう、演劇のことを知らなくても約8カ月かけて1本のお芝居が作れるっていうワークショップをネットかなにかで見て、一回やってみたくなってそれに合わせて仕事をやめました。
やっぱり面白くて。皆でなにか1つのことに取り組むってクラブ活動みたいで、大人になったらなかなかないじゃないですか?それで8か月すぎて1本の作品を作り終わったときに、すごく寂しくなったんです。鈴江さんとも知り合えたし。お芝居がこれからも続けられたらいいなってその時思ったんです。

―私も看護師の友達がいるんですが、みんな忙しくてなかなか趣味など持てない状況のようで。押谷さんもその反動で演劇にすごくのめりこんだというのがあったんですか?

仕事をやめようと思ったときに、看護師という職業柄、人の生き死にをみることが多くて、そうすると後悔して亡くなる人がいるんですね。自分の今までやってきたことを振り返る時間が病院では結構あるので。患者さんたちはやり残したことや想いを残している、けどその中でも自分の生を最後まで全うしなければって震えていて、その時、私は心底想いを残したくないって、やり残したことがなるべくないように生きていきたいと漠然と思ったんです。
その頃の自分の仕事の仕方を考えると、慣れてきたしうまくこなせるようになってきたけど、このままそのうち先輩になって、結婚して、この病院で一生を終えるのだろうかと疑ってしまって、それでやりたいことを一回やってみようって思ったんです。

―看護師になりたいっていう夢はずっと前からあったんですか?

いや、自分が一人でも生きていける、食べていける仕事につきたいって昔から思っていて。だから別にお芝居がしたいわけではなかったんです。でも高校3年のころに看護師の専門学校に行くか、その時声優になりたくて声優の学校行くかっていう2つ並べて考えていた時期もあったんですけど「いやいや、現実的に考えたらこれやろ」って看護師の道を選んだんです。でもまた看護師の国家試験を受ける直前もオーディションを受けて二次審査くらいまで通ったんですけど、国家試験受けるのとオーディションとどうするってときに「いやいや、やっぱり違うやろ」って国家試験を受けて看護師になったんですよ。だから演劇とか演技に対する興味は昔からあって、憧れみたいな感じですよね。
看護師になって、時間ができたら趣味程度になにかできたらと思っていたけど、そんな趣味ができるほと暇じゃないって知って、でもモノになるまではってがんばるじゃないですか?それでやっと振り返ることができたのが看護師になって8年目とかだったんです。

―では、演劇を始めて今年で何年目ですか?

6年目ですね。
去年までは非常勤で夜勤だけのバイトをずっとやっていました。昼間や夕方は稽古に空けて、残りの時間はお芝居をやる時間にしていましたね。
けど、去年の9月から正社員になりまして。仕事しながらお芝居をするのができないものかなって思うんですよね。やっぱりお客さんが入らないと役者さんにまでお給料が入らないじゃないですか。だけど、それでも自分の生活を切り詰めて演劇を続けようとするでしょう?これではどうだろうって。人生のある一定の期間しかお芝居ができないみたいなことにもなるじゃないですか。
映画とか大きな舞台に出てお給料がもらえなくても、いい作品を作ることはできるって思うし、やりたい人ができる環境が作れないかなって思うから。だから仕事しながら別の時間で演劇をするっていう考えはどうだろうって。
でも、こういうのって難しいんですかね?

―そうですね。私自身も常にそのバランスを考えて悩んでいます(笑)
京都に残って演劇をしていることをもっと意識したほうがいいのかなって。食べていけないから演劇やれませんっていうのは悲しいですし、だれもが演劇をやったらいいし続けたらいいと思うんです。演劇が生活の中に寄り添ってもいいよねというこれは1つの考え方なんですけど。

働く人は、働く人の演劇の仕方があるように思うんです。
以前、演劇ユニット昼ノ月でいろんな地方に回ったとき、北海道では学校の先生たちがお芝居を作ってるんです。みなさん仕事されていて夜の9時から11時まで稽古をされていてそういう稽古の仕方もあるんやって思って。夜遅くはなるんだけど働いて職場に支障をきたさない時間っていうことじゃないですか。でも、京都でそんなことをしてる人ってまだ聞かないんですよね。そもそも9時から空いている稽古場なんてないし。借りれたとしても1時間くらいしか使えなかったりするし。その人たちは小屋みたいなところを自分たちで買ってるんですよ。多分地方都市だから安いかもしれないんですけど、それでも覚悟が違うっていうか。

―自分の楽しみのためにやってらっしゃるっていうことですか?

そうですね。稽古場を転々とする感じではなく、自分たちの居場所がちゃんとあるというのはかなり大きいんじゃないかなって。働けば働くほど、いつでも使える小屋っていうのが。

―3.11の地震があって、私は今まであくせく働いてきた人のライフスタイルがちょっと変わるんじゃないかって思っているんです。演劇に関わらず、本当に大事なものは何なのかってあの時突き付けられたような気がして。地震が起こって、電車が通らなくなって家まで歩いて帰っている時や、テレビですべてのものが流されている光景を目の当たりにした時、「私ってこれでいいのかな」って思ったんじゃないかなって。

好きなこと、やりたいことが見つかっただけ幸せなんやなって思います。
今こうやって演劇に関われている人達は自分の生活の中に組み込めていけてて、そういう決断もできてここにいるっていうこと。でも、したくてもできひん人もいるかもしれないし、そういうことにも気付けないくらい余裕がなくて毎日を過ごしているっていうこともあるかもしれない。だからいい作品を作ってそれがこう伝わって少しでも何かが果たせるかなっていう気はしないでもないですけど。


―ありがとうございました。


2011年5月11日@三条御幸町
聞き手:川那辺香乃(トリコ・A)
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